鎌倉の海を愛する人の多さに気付く
「流木工房 鎌倉島」が実施するビーチコーミング講座は、そもそも原嶋さんの趣味から派生した活動の1つでした。
「数年前にそれまで住んでいた油壺から鎌倉へ移り住み、鎌倉でも貝やシーグラスを集めるビーチコーミングを続けていたんです。そうこうしているうちに、鎌倉でビーチクリーン(海岸清掃)をしている人たちと知り合うようになり、以来、うちの工房でもSDGsを取り入れるようになりました」(原嶋さん・以下同)
鎌倉島がSDGsを取り入れた大きなきっかけは、原嶋さんのビーチクリーンへの参加でした。ある日、打ち寄せられた巨大網が浜に埋まっており、これを掘り起こすためのビーチクリーン活動を手伝った原嶋さん。そのとき、鎌倉の海を愛する地元民の多さに気付いたといいます。
実は原嶋さんは、市民大学「湘南VISION大学」でSDGsの講師も務めていました。元よりあった下地に加え、ビーチクリーン体験も影響し、「ワークショップを通じて鎌倉の魅力とSDGsを同時に学んでもらう」という同工房の方向性は確立されたのです。
県外から来た人はSDGsをあまり理解していなかった
鎌倉島が特に意識しているのは、SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」と目標15「陸の豊かさも守ろう」の2つです。両目標をテーマに掲げ、原嶋さんは“浜ガイド”なる活動を行っています。
浜ガイドでは、由比ヶ浜が頻繁に登場する『吾妻鏡』という歴史書なども取り上げ、鎌倉の歴史を知ったうえで、川や都市のごみが海に流れ着く理由を教えています。浜を好きになってもらいながらSDGsの意識も高めるのが、浜ガイドとしての目的なのだそう。
「かつて、源頼朝の時代は死んだ馬を海に流していました。そして700~800年の時を超え、その馬の歯が海岸に流れ着いたりする。そんなロマンを含んだ形で鎌倉の魅力を知っていただくと、浜にいること自体が楽しくなります。だから、歴史も教えないとダメなんです」と原嶋さんはおっしゃいます。
昨年、鎌倉の某ホテルでは希望者への宿泊パックとして原嶋さんの浜ガイドが活用されました。そのときあることに気付いたといいます。
「普段、私がワークショップで接している鎌倉や湘南の人たちは、SDGsの知識が非常に高いです。でも、県外から来る人たちの多くはサスティナブルをあまり理解していませんでした。『なんでビーチを掃除するの?』と質問されることもあったほどです」
県外の人が抱くサスティナブルへの興味は、SDGsの目標10「人や国の不平等をなくそう」にほとんど集中していたそう。SDGs14と15については、あまり理解されていない現状があったのです。
かつて、ビーチクリーンのために東京から鎌倉へやって来る人が激増した時期もありました。しかし、その盛り上がりはあっさり沈静化してしまいます。
「SDGsが騒がれ、一時的なブームが起こった頃、東京からいろんな団体が鎌倉にやって来ました。でも、SDGsがあまり騒がれなくなると鎌倉に来る人たちはいなくなりましたね(苦笑)」
このエピソードには、付和雷同型な日本人の気質がよく表れています。では、多くの人のSDGs意識を高めるにはどんな働きかけが必要なのでしょうか?
「一人ひとりが興味を持つテーマに合わせ、“考えるきっかけ”を与えてあげるんです。例えば、SDGsの目標2『飢餓をゼロに』でいえば、どの海藻が食べられるのか、この魚はどうやって食べればいいのかを教えてあげます。
今、地球上の人口は増える一方で、2030年には食料の生産量と人口のバランスが合わなくなっているはず。だから、『コオロギを食べるより、こっちの貝を食べたほうがいいでしょ?』という教え方を私はしています」
生きるために不可欠な命題を提示し、「SDGsは我々の生活に必要」と気付いてもらう。それが原嶋さんのねらいです。
■鎌倉が抱える重大な海洋問題は「砂浜の消失」と「磯焼け」
ところで、鎌倉や湘南の住む人たちはなぜSDGsの知識が高いのでしょうか? 原嶋さんによると、鎌倉に住んでいると『海で魚が獲れない』『海藻が上がらなくなった』といったことを日々実感するからだそう。
なかでも、鎌倉が抱える重大な海洋問題が海の砂が消えて砂浜が削られていることです。これは全国に共通している構造だそうですが、河川にダムができると水の流れがせき止められ、丹沢など上流にある川の砂が海に来なくなってしまうのです。
対策として鎌倉市は毎年何千万円ものお金を費やし、人工的に砂を浜に入れています。しかし、莫大な費用を投じたにもかかわらず、海水が道路に侵食する場面はめずらしくありません。
さらに、神奈川県全域が抱える問題として「磯焼け」も深刻です。「磯焼け」とは、海の海藻がなくなり、海面から直で砂浜が見えてしまう状態を指します。
これにはいろいろな理由があるのですが、神奈川にやって来た南方系の魚や、県内で異常発生したウニが海藻をバクバク食べてしまったことが原因だそう。そのため鎌倉市は対策として海中でウニを退治しています。
磯焼けにより、海にいる魚や微生物の食べるものがなくなってしまいます。実は沖縄のような透き通った海はあまり多様性がないのだそう。栄養が豊富でプランクトンがたくさんいる海は透明ではないのです。
原嶋さんいわく、ビーチクリーンは以下の2タイプに分かれるそうです。
・観光用に特化した、見た目がきれいな海にしたい派
・環境問題を考え、ナチュラルな状態の海にしたい派
原嶋さんはどちらの考え方もあっていいと話します。「白い砂浜でレジャーとして遊びたいなら、貝も海藻もない沖縄の海がいいでしょうし。『そういうことも皆さん自身で考えてくださいね』と、浜ガイドでは教えています」
ところで、これらの海洋問題を解決するために、我々はどうすればいいのでしょうか? と原嶋さんに質問すると、こんな回答が返ってきました。
「正直にいうと、話が大きすぎて取り組もうにも取り組みようがありません。ですから、『こういうことが起きてますよ』と皆さんに知ってもらい、この問題について考えていただく機会を与えたいと私は思っています」
まずは現状を知り、自ら考えることが重要なのですね。
空気の半分は海からつくられている
県外、特に海から遠い場所に住む人たちからすると、きっとこれらの海洋問題は縁遠く感じられるでしょう。なぜなら、「魚が獲れない」「浜が削られた」と実感する機会がないからです。海洋問題そのものが、日々の生活と隣接していません。
ただ、実は我々が吸っている空気は海が大きく関係しています。二酸化炭素を吸収し、空気として放出しているのは半分以上が海です。さらに海の周りにある山の緑の祖先はすべて海藻なのだそう。それだけ、海は人間にとって大事なんですね。そう考えると海は人間の祖先でもあるのです。
筆者も「海から遠い場所に住んでいるから」なんて言っている場合ではないことを実感しました。こうした“気付き”が特に必要な世代として、原嶋さんはピンポイントに「20~40代の親世代」を挙げています。
今の子どもたちと比べ、親御さんの多くはSDGsの知識が低いとのこと。お子さんは学校でSDGsを学ぶものの、ほとんどの親御さんは私のワークショップに来て初めてSDGsを学びます。
今のままだと、親子間でSDGsの知識の差は開く一方。母と子で意見が合わなすぎるのも問題だし、親御さんの知識が増えればお子さんが持ち帰ってきたSDGsの宿題に一緒に参加できると原嶋さんはいいます。
以上のような活動を行いながら、鎌倉の海の魅力を伝えていきたいと、原嶋さんは考えています。
「鎌倉の海には長い歴史があり、いろいろなおもしろさが凝縮されています。それらを伝えていき、海を好きになってもらう。そのついでとして『せめて、SDGsの14番15番くらいは目標にしてくださいね』と啓蒙する。それが、今の私の活動です。
さらに、今後は『いろいろなものをむやみに捨てず、生活の中で再利用しよう』と働きかける“湘南アップサイクル”の活動も活発化させていきます。海に対する感謝の気持ちがあれば、そんな簡単にごみを捨てられなくなるはずですからね」
我々の祖先でもある海についてよく知り、今ある問題について自らの頭で考える。そうすれば、自ずとSDGsの意識は高まるはず。この志を胸に、原嶋さんは「流木工房 鎌倉島」の活動を続けています。
■海を知ることがSDGsにつながる
今回は「流木工房 鎌倉島」によるSDGsの取り組みについてご紹介しました。我々にとって祖先とも言うべき海をよく知ることが、そのままSDGsにつながると原嶋さんは考えています。
「県外の人たちはSDGsをあまり理解していない」「20~40代はSDGsの知識が低い」という、原嶋さんからの直言は痛烈でした。だからこそ、我々はその言葉を真摯に受け止める必要があるはずです。
画像提供:流木工房 鎌倉島
ライター:寺西ジャジューカ
流木工房 鎌倉島(リュウボクコウボウ カマクラトウ)
TEL:090-4726-7166
Instagram:https://www.instagram.com/kamakuratou/